イチジク浣腸の考案者・田村廿三郎

 2018年(平成30年)4月からイチジク浣腸の考案者・田村廿三郎について調査を行い、その結果を同年12月1日に「田村廿三郎」という題名の記事にまとめてウィキペディア日本語版に公開した。

以下はイチジク浣腸についての補足である。


「イチジク浣腸」は1925年(大正14年)に完成し、同年7月に発売された。当時の広告を見ると、発売当初は「浣腸アンプール」という名称であったが、同年12月に「イチジク印簡易浣腸」、1926年(大正15年)春に「イチジク印軽便浣腸」と改称され、1930年代後半に「イチジク浣腸」の表記が登場している。ただし、初めて発売された1925年(大正14年)の12月の「イチジク印簡易浣腸」の広告の文章の中で略称として「イチジク浣腸」が用いられており、1920年代後半には世間から既に「イチジク浣腸」と呼ばれていた。




井川剛(顔が魔人ブウに似ているデブチョン女池在住